岐阜県高山市出身の硝子作家・安土忠久さんの作品は、代表作のグラスに見られる通り『へちかんだ』味が多くの人を魅了しています。
『へちかんだ』は飛騨地方の方言で「ゆがんだ」「曲がった」というような意味。
自然のゆらぎがそのまま形になったへちかんだグラスには、温かみと自然のエネルギーがあふれ出ています。
「言葉では何とも説明のできないへちかんだグラスの絶妙なフォルムは、いったいどうやって生まれたのだろう、、、」
そんな素朴な疑問から安土さんご本人に尋ねてみました。
偶然生まれた心惹かれるフォルム
昔、安土さんの知り合いに吹きガラスの体験でグラスを作ってもらったことがあったそうです。もちろん初心者なので均一な形にならないのですが、その中の一つにとても初々しい出来のグラスがあり、安土さんは心惹かれました。
そして、自分でもこんな作品が作れないかとあれこれ模索してみたのですが、何度やっても思うような作品がつくれない日々が続きます。
あるときガラスで指を切ってしまい、不自由な手で吹き竿を回しグラスを作っていたら、動きがぎこちないためストレートなラインが出せませんでした。しかし、偶然生まれたこのいびつなフォルムが、以前見た心惹かれたグラスと一致したのです。
このケガをきっかけに、均一に回さなければへちかんだフォルムを作れることがわかったのですが、偶然気づいたものを完成させるためには更に何度も何度も回し続けなければなりませんでした。そして数多くの試作と月日を重ねた結果、ついにへちかんだ表情のグラスを完成させることが出来たのです。
最初は偶然生まれたへちかんだグラス。
今では出来あがりのフォルムをきちんと頭の中で描き、ガラスの厚いところと薄いところが出来るよう吹き加減を計算しながら回して作られています。こうして安土さんは、へちかんだ表情のグラスを自分のものにして世に送り続けているのです。
多くの人を魅了する作品
へちかんだグラス特有の味のあるゆがみは、何とも愛らしさがあり多くの人を惹きつけます。
確かな審美眼と精緻な文章で日本の美を追求する作品を残した随筆家・白洲正子さんもこのへちかんだグラスを愛用されていたお一人でした。
へちかんだグラスだけでなく、どの作品もどれをとっても世界に二つとない特別な逸品ばかり。手にとった時のぽってりとした重量感、器の縁が唇に触れた時の優しさと温かみに心安らぐ、それが安土さんが作り出す作品なのです。
安土さんは作られた作品について
「作ったものは、僕の手を離れていけば誰が作ったかわからなくなるけれど、その存在感と使う人の関係は何年も続いていく。僕はそれが嬉しい」と言われます。
この言葉が意味する通り、ヒダコレで安土さんの作品をお買上げいただいたお客さまからは
「孫が遊びにきたとき、一度へちかんだグラスでジュースを出したら、それからは『あのコップで飲みたい』って言うの」
「母が生前大切にしていた安土さんのワイングラスを私も使いたくって、、、」
「昔働いていたカフェで使っていた、トールグラスに注いだアイスティーの美しさが忘れられない」
「息子が成人したので、安土さんのウィスキーグラスで一緒に酒を飲みたい」
など、話題が尽きません。
こういうお話を聞くたびに安土さんにもお伝えすると
「お客さんと僕の作品のエピソードを聞くと力が湧いてきて、制作の原動力になるんだよ。ありがとう!」
と優しい笑顔でこたえてくれます。
多くの人を魅了し、愛されている作品には、安土さんのこんなお人柄もあらわれているのかもしれませんね。
ヒダコレでは常時安土忠久さんの作品を展示させていただいています。
飛騨高山にお越しになる機会があれば、ぜひ店舗にもお立ち寄りいただき、作品を手に取ってご覧になってみてください。